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広島高等裁判所 昭和43年(う)328号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を広島地方裁判所呉支部に差し戻す。

理由

検察官の控訴の趣意は記録編綴の検察官検事林正二作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、弁護人の控訴の趣意は記録編綴の弁護人上山武、同好並健司共同作成名義の控訴趣意書、弁護人岡秀明作成名義の控訴趣意書各記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これらに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、各控訴の趣意に対する判断に先だち、職権によって調査するに、記録によれば、原判決は、被告人に対する公訴事実中、「被告人は、立候補者松本俊一に当選を得しめる目的をもって、

(一)  昭和四二年一月一四日頃被告人居宅において、右候補者の選挙運動者石川司吉に対し、右候補者のため投票取纏等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として現金一〇、〇〇〇円を供与し、(二)同月一七日頃、前同所において、前同石川司吉に対し前同趣旨の下に現金三〇、〇〇〇円を供与した。」との訴因に対して、原判示第三、として、「被告人は、同候補の選挙運動者である梅田日出男及び浦辻巌と共謀のうえ、被告人居宅において、被告人の甥で同候補の選挙運動に従事していた石川司吉に対し、同候補の当選を得しめるため、右石川をして賀茂郡本郷村において同村の選挙人或は選挙運動者に前同趣旨で金品を供与させる目的のもとに、(一)同月一四日頃現金三、九九〇円、(二)同月一七日頃現金五、〇〇〇円をそれぞれ被告人において交付した。」との事実を認定し、現金合計八、九九〇円についてのみ石川に対する交付罪を認定したにとどまり、右訴因(一)の石川に対する供与現金一〇、〇〇〇円のうち交付罪を認めた三、九九〇円を除いたその余の六、〇一〇円、右訴因(二)の石川に対する供与現金三〇、〇〇〇円のうち交付罪を認めた五、〇〇〇円を除いたその余の二五、〇〇〇円の各部分については、何らの判断も示していないことが明らかである。しかして、原判決は、無罪理由の2において、「被告人が、梅田日出男から自宅において、昭和四二年一月一四日頃現金二〇、〇〇〇円、同月一七日頃現金三〇、〇〇〇円の供与を受けたのは、判示第三記載のとおり賀茂郡主として本郷村の選挙人らの買収資金として浦辻、梅田及び被告人らが共謀のうえ授受されたものであり、うち金一〇、〇〇〇円は同月一四日頃被告人から選挙運動者石川司吉に同趣旨で交付され、同人はこれに従って、その頃本郷村の選挙人半田整らに時価合計六、〇一〇円相当の清酒、煙草等を供与し、うち金三〇、〇〇〇円は同月一七日頃同様石川に交付され、同人はその頃同様にして選挙人郷原忠夫らに現金二五、〇〇〇円を供与していることが明らかである。従って被告人は判示第三のとおり石川に対し供与のなされなかった残金八、六九〇円につき交付の罪責を負う」旨説示しているのである。

そうだとすれば、原審としては、前記訴因(一)、(二)について、原判示第三のように、被告人の石川司吉に対する現金合計八、六九〇円の交付罪の成立を認めると同時に、右訴因(一)の被告人から石川に対して供与された現金一〇、〇〇〇円のうち交付罪を認めた三、六九〇円を除いたその余の金六、三一〇円については、被告人は、浦辻、梅田及び石川と共謀のうえ、選挙人半田整らに対して時価合計六、三一〇円(証拠によれば、原判示第三の(一)に現金三、九九〇円とあるのは現金三、六九〇円の誤りであり、従って原判決に六、〇一〇円とあるのは六、三一〇円の誤りであると認められ、また賀茂郡本郷村とあるのは豊田郡本郷町の誤りであると認められる)相当の清酒、煙草等を供与または供与申込をした(証拠によれば、相手方のうち梅谷静雄に対しては供与申込をしたにとどまるものと認められる)ものとして、また、右訴因(二)の被告人から石川に対して供与された現金三〇、〇〇〇円のうち交付罪を認めた五、〇〇〇円を除いたその余の金二五、〇〇〇円については被告人は浦辻、梅田及び石川と共謀のうえ、選挙人郷原忠夫らに同額の金員の供与をしたものとして、それぞれ交付罪とは別個の事実として、供与罪もしくは、供与申込罪を認定すべきであったといわなければならない。(もっとも右のような有罪認定をするためには、右訴因(一)、(二)の一部即ち右六、三一〇円及び二五、〇〇〇円の部分について、これにそう訴因変更の手続を要し、原審としては、右訴因変更手続を検察官に促しまたはこれを命ずる措置をとるべきであったことは検察官所論のとおりである。)

しかるに、原判決が前記のとおり、右訴因(一)、(二)に対して、原判示第三の(一)及び(二)の現金合計八、六九〇円についてのみ交付罪を認めたにとどまり、右訴因(一)の石川に対する供与現金一〇、〇〇〇円のうち交付罪を認めた三、六九〇円を除いたその余の六、三一〇円及び右訴因(二)の石川に対する供与現金三〇、〇〇〇円のうち交付罪を認めた五、〇〇〇円を除いたその余の二五、〇〇〇円の各部分について、何らの判断をしなかったのは、結局、審判の請求を受けた事件について判決をしなかったものというべく、このことは刑訴法三七八条三号前段に該当するから、原判決中無罪部分を除くその余の部分はこの点において破棄を免れない。

二、さらに、職権によって調査するに、(1)記録によれば、原判決は、被告人に対する公訴事実中、「(一)被告人は立候補者松本俊一に当選を得しめる目的の下に、同候補のため投票取纏等の選挙運動を依頼され、その報酬及び費用として供与されるものであることを知りながら、昭和四二年一月一八日頃同候補者選挙事務所において、同候補者の選挙運動者浦辻巌から現金一〇、〇〇〇円の供与を受け、(二)同月二一日頃賀茂郡黒瀬町大字乃美尾八番地同選挙区選挙人工藤大朗方居宅において、同人に対して前同趣旨の下に現金一〇、〇〇〇円を供与した。」との訴因に対し、原判示第二、の(二)として、「被告人は、同候補のいとこおじに当る浦辻厳と共謀のうえ、同月二一日頃賀茂郡黒瀬町大字乃美八番地工藤太朗方において、選挙人である同人に対し、同候補への投票並びに投票取纏等の選挙運動を依頼し、その報酬として現金一〇、〇〇〇円を供与した。」との事実を認定し、右(一)の訴因について無罪の言渡をしたことが明らかである。しかして、右無罪の理由は、「証拠によれば、被告人が同年一月一八日頃浦辻巌から現金一〇、〇〇〇円の供与を受けた事実はこれに認めるに充分であるが、被告人及び浦辻の捜査官に対する供述調書によると、右は黒瀬町において行なわれる松本候補の個人演説会に聴衆を狩集め、これによって同候補の得票を増加せんとする計画のもとに、同地区の有力選挙人に供与する目的で浦辻から被告人に交付されたものであり、しかも被告人はその趣旨に従い判示第二の(二)記載のとおり同地区の選挙人工藤太朗に右現金を供与しているのであるから、前記交付罪はこれに吸収され、別罪を構成しない。」というにある。そうだとすれば、原判示第二の(二)のように、被告人が浦辻巌と共謀のうえ、同年一月二一日頃工藤大朗(証拠によれば原判決に工藤太朗とあるのは明らかな誤記と認められる)に現金一〇、〇〇〇円を供与した事実と、右供与金員を被告人が右浦辻から交付を受けた事実とは、基本的事実関係が同一で、公訴事実の同一性があるものということができるから、右工藤大朗に対する浦辻との共謀による供与の事実について有罪の認定をする以上、被告人が浦辻から現金一〇、〇〇〇円の交付を受けた点は共謀者間の金員の授受として右供与罪に吸収され別罪を構成しないことは原判示のととおりである。しかしながら前記(二)の訴因について、原判示第二の(二)のとおりこれを有罪と認め、他の罪と併合罪の関係にあるとして刑の言渡しをしているのであるから、これと公訴事実の同一性がある前記(一)の訴因が罪とならないことは判決の理由中で判断すれば足りるのであり、特にこの点について主文において無罪の言渡しをすべきものではない。しかるに、原判決が殊更主文においてこの点について無罪の言渡しをしたのは、一個の事実について有罪と無罪の相反する二個の裁判をしたものというべく、このことは刑訴法三七八条四号にいわゆる判決の理由にくいちがいがある場合にあたり、原判決中右無罪部分はこの点において到底破棄を免れない。

(2) また、記録を精査するに、原判決は、被告人に対する公訴事実中「被告人は、(一)前記候補者に当選を得しめる目的の下に、同候補者のため投票取纏等の選挙運動を依頼され、その報酬及び費用として供与されるものであることを知りながら、(イ)同年一月一四日頃前記被告人方診察室において、右候補者の選挙運動者梅田日出男から現金二〇、〇〇〇円の供与を受け、(ロ)前同月一七日頃前同所において同梅田日出男から現金三〇、〇〇〇円の供与を受け、(二)前記候補者に当選を得しめる目的をもって、(イ)同年一月一四日頃、被告人居宅において、右候補者の選挙運動者石川司吉に対し、右候補者のため投票取纏等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として現金一〇、〇〇〇円を供与し、(ロ)同月一七日頃、前同所において、前同石川司吉に対し、前同趣旨の下に現金三〇、〇〇〇円を供与し、(三)石川司吉と共謀のうえ、同候補者に当選を得しめる目的をもって、(イ)同年一月一七日頃安芸郡瀬野川町大字中野一、八七六番地前記選挙区選挙人大上ツマ方居宅において、同人に対し、同候補者への投票並びに投票取纏等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として現金五、〇〇〇円の供与申込をなし、(ロ)同月二一日頃賀茂郡黒瀬町大字丸山一、〇七六番地前記選挙区選挙人沖原直三居宅において、同人に対し、前同趣旨の下に現金五、〇〇〇円の供与申込をなした。」との訴因に対し、原判示第三、として、「被告人は同候補の選挙運動者である梅田日出男及び浦辻巌と共謀のうえ、被告人居宅において、被告人の甥で同候補の選挙運動に従事していた石川司吉に対し、同候補の当選を得しめるため右石川をして賀茂郡本郷村において同村の選挙人或は選挙運動者に前同趣旨で金品を供与させる目的のもとに、(一)同月一四日頃現金三、九九〇円、(二)同月一七日頃現金五、〇〇〇円を、それぞれ被告人において交付した」との事実を、原判示第四として、「被告人は、浦辻、梅田及び石川と共謀のうえ(一)同月一七日頃安芸郡瀬野川町大字中野一、八七六番地大上ツマ方において、選挙人である同人に対し、(二)同月二一日頃賀茂郡黒瀬町大字丸山一、〇七六番地沖原直三方において、選挙人である同人に対し、同人の妻沖原ミサノを介していずれも石川において、同候補への投票並びに投票取纏等の選挙運動を依頼し、その報酬として各現金五、〇〇〇円の供与申込をなした。」との事実をそれぞれ認定し、右(一)の(イ)、(ロ)の各訴因について無罪の言渡しをしたことが明らかである。而して右無罪の理由は、「被告人が梅田日出男から自宅において昭和四二年一月一四日頃現金二〇、〇〇〇円、同月一七日頃現金三〇、〇〇〇円の供与を受けた事実は証拠によりこれを認めることとができる。しかし、さらに検討すると右は判示第三記載のとおり賀茂郡、主として本郷村の選挙人らの買収資金として浦辻、梅田及び被告人が共謀のうえ授受されたものであって、うち金一〇、〇〇〇円は同月一四日頃被告人から選挙運動者石川司吉に同趣旨で交付され、同人はこれに従ってその頃本郷村の選挙人半田整らに時価合計六、〇一〇円相当の清酒、煙草等を供与し、うち金三〇、〇〇〇円は同月一七日頃同様石川に交付され、同人はその頃同様にして選挙人郷原忠夫らに現金二五、〇〇〇円を供与しており、うち金一〇、〇〇〇円は判示第四のとおり二回にわたり選挙人沖原直三らに供与の申込がなされているものであることが明らかである。従って被告人は判示第三のとおり石川に対し供与のなされなかった残額八、六九〇円につき交付の、また判示第四のとおり共謀による供与申込の罪責を負うけれども、梅田から交付を受けた点については、これに吸収せられ、別罪を構成しないものと解すべきである(この理由中賀茂郡本郷村とあるのは豊田郡本郷町の誤りであり、六、〇一〇円とあるのは六、三一〇円の誤りであり、同金額相当の清酒、煙草等の供与とあるのは供与または供与の申込の誤りであることは前説示のとおりである)」というにある。そうだとすれば、前記訴因(一)の(イ)、(ロ)の事実と、被告人が、原判示第三、の(一)、(二)のように、石川司吉に対して一月一四日頃現金三、六九〇円(原判示三、九九〇円が誤りであることは前説示のとおりである。)一月一七日頃現金五、〇〇〇円を交付した事実並びに被告人が原判示第四の(一)、(二)のように浦辻、梅田、石川と共謀のうえ大上ツマ及び沖原直三に対して各金五、〇〇〇円の供与申込をした事実とはそれぞれ重要な部分において重なりあい、基本的事実関係が同一で、公訴事実の同一性があるものということができる。しからば、原判決が被告人に対して原判示第三の(一)、(二)の事実、原判示第(四)の(一)、(二)の事実をそれぞれ有罪と認定する以上これと公訴事実の同一性があり共謀者間の金員の授受の性質を有する右訴因(一)の(イ)、(ロ)について別罪を構成しないとすることは正当であり、従ってこの点について理由中において無罪の判断をすることは格別、この点について主文において無罪の言渡しをすべきものではない。しかるに、原判決が殊更主文においてこの点について無罪の言渡しをしたのは、一個の事実について有罪と無罪の相反する二個の裁判をしたものというべく、このことも刑訴法三七八条四号にいわゆる判決の理由のくいちがいがある場合にあたり、原判決中右無罪部分はこの点においても破棄を免れない。

よって、検察官、弁護人の各控訴の趣意に対する判断をするまでもなく刑訴法三九七条一項、三七八条三号、四号により原判決全部を破棄し、同法四〇〇条本文に則り本件を原裁判所である広島地方裁判所呉支部に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋文恵 裁判官 久安弘一 渡辺宏)

〈以下省略〉

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